川上弘美の小説『真鶴』の舞台になった神奈川県の真鶴半島を訪れて、割烹旅館まるなかで一泊。魚尽くしの晩ごはん・朝ごはんを頂きました。
川上弘美の小説『真鶴』の舞台となった真鶴半島を旅して、物語とリンクする土地の景色を堪能しました。
3人家族の1か月の食費を7万円から3万円にしようという挑戦の11日目~20日目です。買い置きの食料も減ってきた中盤戦はどうなったでしょうか。
3人家族で毎月7万円かかっていた食費を3万円におさえるチャレンジの1日目~10日目の食費と食事内容です。
村上春樹の小説『ダンス・ダンス・ダンス』に登場するハングリータイガーを求めて、湘南新宿ラインに乗って神奈川県の辻堂を訪れました。
長野県軽井沢の発地エリアにある「軽井沢発地市庭」の「大地の恵み」のバイキングに参戦した記録です。
3年越しの憧れが叶い群馬県でもピカイチと言われるグルメ回転寿司浜慶へ行った記録です。
かっぱ寿司の食べ放題に子どもと参戦。サイドメニューを中心に食べる作戦で元は取れたかどうかの検証です。デザートメニューで意外とおいしかったものについても言及しています。
浅田真央さんの『幻想即興曲』のジャンプ・スピン・ステップの構成を、ブログの構成に応用して記事を作成しました。
在宅ライターの仕事に慣れてきた頃、突然契約が終了となりました。仕事が終了した理由や予兆について書きました。
富山市のガラス美術館で開催されている「ジブリの大博覧会」のレポートです。富山会場でしか見られない作品についても紹介しています。
2019年に行ってみたい場所2か所と、買いたいもの2個と、2歳の息子の育児における目標を書きました。
初めのブログを1年間続けて、悲しかったことがいくつかあります。何故自分の記事がつまらないのか等について、考えてみました。
ダイソーの北欧柄カーテンを2枚使用して、IKEAのポールハンガーに合わせるハンガーラックカバーを作成しました。
大学院博士課程の院試において、教授に好かれているかどうかで、明暗を分けた友人たちのはなしを紹介します。
無印良品で購入した「四隅の広がらないこたつふとん」と下敷きの「ふんわりキルティングラグ」を購入しました。自宅に設置した様子と、商品レビューになります。
法律学、政治学、文化人類学、心理学、文学をそれぞれ専攻し、大学院博士課程にすすんだ友人9人の進路についてです。
男女の脳の、「脳梁」と呼ばれる部分のつくりの違いから起こるすれ違い。悲しいすれ違いを減らすためのトリセツを載せた本です。
産後に頭痛が悪化した夫と一緒に、医科大学病院の「頭痛講習会・座談会」へ参加しました。頭痛の種類、薬の服用のタイミング、頻度などを学びました。「頭痛ダイアリー」の使い方も載せてあります。
魚が苦手な我が家ですが、炊飯器に入れるだけの「魚介炊き込みご飯」で、おいしい魚食生活をスタートしました。秋刀魚・蛸・牡蠣などの1週間分のごはんとおかずのレシピです。
子どもが2歳になり、早期教育が必要なのかと悩んだ時に、参考になる考え方を示してくれた本です。子どもに対してできる、5つのシンプルルールについて知ることができます。
夫の学生時代の先輩である国家公務員(〇〇省)の人が、同僚の国家公務員(〇〇省)の人と結婚するということで、二次会に参加しました。会場・お料理・新郎新婦・参加者の4つの観点からのレポートです。
2人目の子供が欲しいのですが、将来のお金が心配です。不安を解消するために、おすすめのネットの無料シミュレーションを3つ試したので、紹介したいと思います。
脳の研究者池谷裕二さんの『パパは脳研究者』を読んでいると、上のお子さんが2歳になる頃に右と左の区別がつくようになっていたとありました。 自分の体の右手と左手の区別がつくということは、「おなじ」と「ちがう」が細かい次元でわかるということだそう…
脳科学者黒川伊保子さんの『母脳』のレビューです。母&脳科学者の立場から、子どもの脳の成長について書かれた本です。胎内記憶についての記述は鳥肌が立ちます。
在宅ライターを続けていく上で、自分に「強み」・「キャラクター」がないことに気づいてしまいました。
【1歳 上編】とセットとなります fumikoyamamoto.hatenablog.jp 1歳4ヶ月まで「おーしゃん」だったのが、1歳10ヶ月には「おとうさん」という明瞭な発音になり、夫は息子の成長に少し寂しそうでした。 そして、息子はワタシのことも「おとうさん」と、時折言…
2018年10月11日に発売になった、富山県の新ブランド米「富富富(ふふふ)」をいただきました。 炊飯器にまだ温いお米が残っているけど味見がしたいので、久々に電子レンジ圧力鍋マイヤーでお米を炊くことにしました。 パッケージの赤い文字がシンプルで可愛…
「だって俺は日本人じゃないか」 夫の両親に対しても、未だに何と呼んでいいのか決めかねていますが、子どもに自分を何と呼んでもらうか決めなければならなくなりました。 ワタシは、息子にじぶんを一番に認識してほしいので、呼びやすい「ママ」にしました…
息子が初めて二語文を喋ったのは、1歳6か月のことでした。彼が初めて話した二語文は、母のこころを締め付けるものでした。