なんとかなかよく暮らしたい

駆け出しWEBライターの妻と、1年間育休を取得した夫と、大食漢の息子のリアルをイラストで記録しています

高校時代、作家になりたいという夢が引っ込んだ出来事【四コマ】

中学生の頃「作家になりたいなァ」と思っていました。高校生になっても「どうしたら作家になれるのかなァ」と思っていました。

ある時現国の授業で

 

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ほぼ東大、時々京大。その他、早稲田大学が1名(井伏鱒二氏だったと思います)。

 

作家の経歴を気にした事がなかったワタシは、超超高学歴のオンパレードにびっくりしました。かつては、大学に行けるのも文豪と呼ばれる人も、一握りのスーパー才人だったのでした。ワタシの学力では、せいぜい中堅の国立大学が狙えるかどうか、というくらいです。でも、そんなことで夢が引っ込むようでは、本当になりたかったと言えるのか…。

 

川上弘美さんが「物書きになりたい」と言ったときに、お父様に「行李一杯書いたのかい?」と訊かれたそうですがワタシなど行李どころかお櫃が埋まるほども書いてもいませんでした。作家は言葉をたくさん知っているものだと思い、やたら広辞苑ばかり繰っていました。

大学合格後、父に言われた言葉

県外の大学への進学が決まった頃も、「物を書いて生計を立てるには、どうしたらいいのだろうか」と思っていました。大学の入学式を間近に控えたある日、父に「就職できるようにちゃんとやれよ」と半ば吐き捨てるように言われました。(他にも父はおそらく「つぶしの効かない学部など選びおって」と思っていたと思っています。)

 

学費を捻出してもらっている身としては、そう言われても押し黙っていました。まだ始まってもいないキャンパスライフの、雲行きが怪しくなってきましたね。

大学卒業後の進路

大学を卒業して、会社へ入りました。結婚により仕事を一度かわりましたが、いずれも物を書くこととは遠い仕事でした。

 

出産を機に、家で出来る仕事を探して在宅ライターとなりました。

fumikoyamamoto.hatenablog.jp

 

しがないウェブライターです。自分の考えや思いを表明するというわけでもない文章を書くことが、とても楽しいです。家にいながら仕事ができて、安らかな気持ちになります。巡ってきた文章を書く機会。

 

楽しいけれど、家計の支えになるほどの収入を得られているわけではありません。家族の一員としては、毎月確実に決まったお給料がもらえるような仕事をするべきだろうか。それともこのまま、不安定なライターの仕事で生計を立てられる道を探るのだろうか。こういう考え、何か似ているものがあった気がすると思い浮かんだのが「我らの時代のフォークロア━━━高度資本主義前史」(『TVピープル』収録)でした。

この1960年代の寓話に出て来る女の子は、本当に好きになった同級生の男の子(とても優秀だけれど世間的に成功できるかはまだこれから)の求婚を微笑みながら断り、彼と結ばれることなく少し年上の男性(華やかな仕事に就いて、世間的な地位を持っている)と結婚し、結婚した後に件の同級生の男の子に不倫を持ち掛ける(けれどうまくいかない)のです。

 

清純なまま結婚し、人妻となったからもういいだろうと不倫をする

昔のフランスの小説みたいだ

と例えられたその女の子は、語り手にも同級生の男の子にも

かわいそうに

と言われてしまっているのですが

 

彼女なりに真剣に考えた結果、結婚したら「もういいだろう」ということで最愛の男の子と結ばれようとする。

 

結婚・出産で2度の退職・転職をした自分は、キャリアを積んでいく道から遠ざかったように感じるのですが、そうなってしまった今「もういいだろう(不安定な道で生計を立てることを目指しても)」と思う気持ちもあります。寓話の彼女とワタシのシチュエーションは異なりますが、彼女の「もういいだろう」という気持ちや「かわいそうに」と言われてしまった考え方が、人ごととは思われないなァと感じてしまうのです。

 

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