占いの相性がちょっと悪いけれどなんとか仲良く暮らしたい

WEBライターの妻と1年間育休を取得した節約マニアの夫と大食漢の息子のリアルをイラストで記録

父の自費出版と娘の似顔絵

私の父は、同人誌や書籍を自費出版しています。

 

利益は出ず赤字ですが、出版した本が過去に某賞の最終選考に残ったこともあります。

(審査員の1人が父の作品を気に入ってくれて、ゴリ押ししたため)

(最終選考まで残ったら、賞を逃しても内情を電話で知らせて貰えるのですね)

 

父は、平日は仕事で遅くなり、休日も同人誌の仲間と集まったりしていたので、子供の頃からレアキャラで、あまり家で見かけたことがありませんでした。

 

わたしにとっての父は、たまに家に帰ってくるおじさんでした。

 

母はよくそんな父を許していたなと思います。きっと色々、諦めていたんでしょうね。

 

そして、子どもだった自分にとっても、父の不在は人格形成の上でなんらかの影響を及ぼしていたと思います。

 

そんな父とわたしを繋いでいたものが本です。

 

悪童日記』も『溺レる』も『ゴリオ爺さん』も『そうだ、村上さんに聞いてみよう』も、全て父の本棚で出会いました。

 

この点については、非常にありがたく思っています。父が私の父で良かったと思える(数少ない)ことです。

 

父は作成した同人誌を、その道の著名な人たちにせっせと送っていました。いわゆる営業活動ですね。

 

私も、一時期宛名書きや封入を手伝っていました。

 

送り先は、顔写真が公表されているような著名な人が多かったです。ある日私は、封筒に送り先の著名人の似顔絵を描いてみたのですが、そうすると返事を貰える率がアップしました。

 

そのことを父がとても喜んでくれて、私も嬉しかったです。私にとっては、父のやっていることは新しくて眩しい世界でした。そして、近いけれど遠い世界でした。

 

いつしか私は、物書きになりたいと思うようになりました。なかばそれを心の支えにして生きてきました。父からの影響も多分にあったと思います。

 

しかし、好きなことをやってみる勇気を出せずにここまできてしまいました。就職先も、全く毛色の違う会社でした。

 

でもこうしてブログを始めて、ウェブライターの仕事も始めて

「これは小さな一歩だけど」

という具合ですが、少しずつ自分の好きなことをやりはじめました。

 

努力が実るかもしれないし、実らないかもしれません。

 

船を漕ぎ出したけれど、船が流れていくのをただ見つめている傍観者のような気持ちにもなります。

 

自分の人生だけど、これからどうなるかわからないんだぜと人ごとのように思っています。

 

恥ずかしげもなく語ってしまいすみません。

 

それではごきげんよう